【コラム:一人でキャッチボール第5回 ── 文:高島学】

2人がプロMMAファイターとして、同じ日にリングもしくはケージで戦ったのは、過去2度ある。3度目はないと思っていた。

プロになる前に僕は1度だけ、同じ日に同じ会場で戦う彼らを見たことがあった。2010年9月5日、神奈川県小田原市の小田原アリーナで開催された第17回全日本アマチュア修斗選手権。ノリこと田中路教はフェザー級(現バンタム級)、チュージこと加藤忠治はウェルター級(現ライト級)で優勝した。

ノリは19歳11カ月、チュージは21歳2カ月。ともに勝村周一朗率いるグランドスラム所属で、あまり定かでないが特にノリは大会前から、かなり注目されていたように記憶している。ただ、なぜ自分があの日、小田原までアマ修斗を取材にいったのかも覚えていない。

そして、注目すべきダイヤの原石は一人だけでなく、もう一人グランドスラムにいたと思ったことで、如何に自分に見る目がなかったのか、チュージが教えてくれることになる。大体、ここに挙げた優勝を決めた時の写真ほど、ヤツがファイターらしく、そして凛々しく見えたことは、その後の7年の記者人生で一度としてなかった。

とはいっても、何も彼ら2人のプロ修斗新人時代をフォローしていたわけではない。ばかりか、当時はリングを使っている国内のMMA大会を取材する機会は減る一方だった。UFCがある。ブームの去ったJ-MMA界のトップ選手がこのスポーツで食っていくには北米、つまりUFCで成功するしかないというのが、当時の考えだった。同時にそのUFCの価値が格闘技界ですら認められていなかったため、北米を伝えることに記者としてプライオリティを置いていた。

それでもDREAMとSRCがあった時代、日本のトップが両イベントに出場しており、彼らと北米を頭のなかでリンクさせることで、記事の骨子が成り立っていた。よって、修斗もパンクラスもDEEPもほぼ、取材することがなかった。

2人はともにプロ修斗新人王トーナメントにエントリーし、ノリが優勝を手にした一方で、チュージは決勝で敗れた。この3カ月前にシンガポールでONEが旗揚げ戦を現ROAD FCライト級王者クォン・アソル×現ONE世界ライト級王者エドゥアルド・フォラヤンという一戦をメインに行っている。

岡見勇信がアンデウソン・シウバに敗れたリオから、シンガポールへ向かった僕は、アソルとエドゥアルドの戦いをみて、日本のMMAファイターがアジアで勝つことに、カタルシスを感じるMMA界の流れを作れないものかと考えるようになった。UFCという頂点は高すぎる。サッカーでいえばワールドカップと同じだ。誰が現時点で、日本がワールドカップで優勝できるなんて思っているのか? それでもアジア予選の韓国戦の結果に一喜一憂できる。この論理、アジアで勝つ大変さをMMAに持ち込む必要があった。

韓国のロードFC、グアムとフィリピンでイベントを行うPXC、そしてONEの年間取材回数が10回、UFCの取材が6回と逆転した2013年5月──にノリはPXCバンタム級王座に就いていた。

北米を知ってもらうことに主眼を置いていた時代に、アマ修斗を制したノリや勝村の目は日本のリングでなく、既にUFCに向いていた。そのためにはユニファイドMMAルールとケージが採用されていたPXCを彼らは選んだ。打撃が滅法強くて、組みがまだ弱い。レスリングは強いが、柔術の完成度はそこまで高くない。強くて穴のある相手はノリが成長するのに、持ってこいの相手だった。

そんなノリにつられるように──といわけではなく、一部のPXC関係者がチュージの組みの強さに惚れ込み、ヤツもまたPXCを主戦場にするようになっていた。とにかくノリは真っ直ぐ。強くなり、UFCで戦うことに対し、最短距離を走ろうとしていた。自分の強さを信じる力が、彼の最大の原動力となっていた。

一方のチュージは、ノラリクラリ。北岡悟や青木真也が認めるほどの実力の持ち主は、既にMMAファイターとしての自分の将来を見限り、実家の事業を継ぐ将来像を描いていた。PXCでの試合もリスクを犯さず、対戦相手が減量に失敗すると、試合がキャンセルされ大喜び。それでも2014年11月にPXCライト級王座を獲得し、MMAを去った。

ノリはその5カ月前にUFCへ到達し、3カ月後のUFC日本大会でキャリア初黒星を喫していた。因みに2013年の年末から、2014年の年明けの前後で両者はグランドスラムから離れた。勝村の刻む時計の針とノリの望む歩調が合わなかったのだと、今では理解している。チュージは便乗離脱だったことにしよう(笑)。

2人がグランドスラムを離れる2カ月前、2013年10月25日のPXCグアム大会にノリとチュージは同時参戦をしていた。カイル・アグオンを破り、PXCバンタム級王座の防衛を果たしたノリの周囲をチュージ、勝村、そして整体師の三原さんが囲んでいるのが、コラムトップの写真だ。

グランドスラムを離れたノリは、チーム・アルファメール・ジャパンという家族を得て、日本と米国を行き来しながらUFCで戦い、チュージは格闘技界から姿を消した。そのチュージが、昨年11月のグランドスラムで突如戦うことが決まった。カード編成に苦しむ、古巣の師の要望に応えて現役復帰を決意。変わらぬ強さを練習相手に見せた直後にアキレス腱を断裂した。

ノリはノリで米国に移り住み、UFCでの生き残りを賭けるも1月の試合で敗れリリースされ──ただけでなく、ビザ関係の不備で帰国を余儀なくなされている。そして、古巣の師が彼に助け船を差し出した。

「UFC復帰へ、再出発はグランドスラムしか考えられなかった」というノリと、「去年、迷惑をかけたので」というチュージが、10月29日にまさかの揃い踏みとなる。

恐らくというか絶対的に彼らが同じ日に、同じ場所で戦うのを目にするのは最後になるはずだ。ノリは直向きにUFCを目指す。チュージはこれが最後か、もう一度があるのか。いずれにせよ、今の彼は異様に強い一般人だ。

ノリの視界にチュージは入っていないだろう。ノスタルジーに浸る暇もない。チュージはどういう気持ちで戦うのか、本当のところは分からない。

確かなことは2人の人生が交錯することはないということ。北米で一番になるために、日本での活動を顧みなかった男と、MMAに将来を託さなかった男。

自分がダイヤだと信じ、自らを磨き続けるノリと、自分は石炭ですよ──という風のチュージのクロスロード、日曜日はちょっとした万感の思いで眺めさせてもらいたい。

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